プロフィール

こんにちは!ごりぱちです。

2019年1月24日から、奥さんと念願の世界一周中です!!!

「どんなヒトが書いてるの?」という声もいただくことが増えたので、詳しいプロフィールを書いていきます!

次の記事を読むと、僕がどんな人物か分かると思います!

興味がある方は、まずこちらから読んでみてください!

パーソナリティー

ーごりぱちのやりたいこと100ー

・「人生でやりたいことリスト100」を作ってみた!!

ーごりぱちのやりたくないこと30ー

・「人生でやりたくないことリスト30」を作ってみた!

ーごりぱちの特徴100ー

・本当の自分を知る方法。僕の特徴を100個絞り出してみた。

これまでの主な実績

▶︎鳥獣対策におけるボードゲームの可能性(pdf)

▶︎東京大学で”人間と野生動物の共生を考えるゲームデザインワークショップ”の実施

▶︎イノベーションリーダーズ・プログラム(ILP) 「ビッグデータと AI が変える産業分野:農業を事例に」に参加

▶︎教育的ボードゲームの開発資金の獲得.FOST助成金

▶︎日本教育工学会(2019)へ教育的ボードゲーム関連で参加

▶︎インドネシア,アチェ地域における孤児へのボランティア活動に参加

▶︎SMART AGRIにてインタビュー記事が掲載

運営サイト

サイトの作成や運営、実際に参加しているお仕事です。

・社会課題の解決に貢献するシリアスボードゲームを開発しています。
▶︎一般社団法人 Pine Tree

・国内/海外問わず、遺伝子解析/人工知能/農業ITなど、様々な最先端分野のコンサル/調査を行なっています。
▶︎株式会社 Impact Access

プロフィール詳細

ブログを始めた理由

「僕には何も価値がない。」

と思って苦しんでいた時、

そこから抜け出るきっかけになったのがブログでした。

・ニートだった僕から、自分には価値がないと思って苦しんでいる人へ伝えたいこと。

当時の僕は、

「大学を出たら就職をして、会社に勤め続けなければいけない。そこから外れたら生きていけない。」

という考え方しか知りませんでした。

でも、ブログを通じて見えた世界は、

僕を固定化された考え方から救ってくれました。

1人1人、考え方や価値観は全然違う。

その人なりの幸せの形だって違う。

でも、現代社会では、グローバル化や少子高齢化、AIなど、

いろんなプレッシャーがある中で、

本当の自分をうまく表現できない人にとって、

とっても生きづらい世の中になっている気がします。

そんな人たちに、ブログを通じて、いろんな生き方や働き方を共有して、

「自分なりの価値観を大事にして生きる勇気」

「自分なりの幸せを見つけだして、その幸せを実現するために一歩を踏み出す勇気」

を生み出すきっかけ作りができれば嬉しいなあって思って、

ブログをはじめました。

昔、僕が受けたご恩を、ちょっとずつお返ししてる感じです。

では、ここから生まれてから今までの歴史です!

少し長くなるので、興味がある方だけ読んでみてください!

幼少期

僕はすごくシャイで、みんなの輪に入りにいくのがすさまじく苦手でした。

それは今でも続いてはいますが笑

この頃の恥ずかしい思い出としては、幼稚園のころ。

ある日、僕が教室で机にひっかかってコケた時、クラスのかわいい女の子が「だいじょうぶ?」と話しかけてくれました。シャイな僕にとっては、「クラスの可愛い女の子と話せた!」(実際には僕はアワアワして全く会話はできていなのですが、それはさておき。)と、それ自体で喜びを感じていました。

それからというもの、僕はどうやって自然にこけれるかを、家でひたすら練習していました。

相当こじらせていますね笑

小学生時代

約1年くらい入院するくらいの、めちゃめちゃヘビーな喘息を改善するためにサッカーを始め、楽しい日々を過ごしていました。

低学年の頃は、サンフレッチェ広島が運営しているサッカースクールに通います。

ある日、そのスクールが、他のスクールと合同で、トラップとかドリブルとかの各セクションで点数付けを行うイベントを開催していました。

もちろん参加したのですが、僕は殆どを0点で終えます。

しかし、なにを思ったか、あまりの0の多さに、僕はこれを「◯(まる)」と勘違いしたんですね。

「◎じゃないけど、◯なら良いほうじゃん!」と。笑

なんともおめでたいですね笑

人生の転機(小学生-中学生時代)

 

夜逃げならぬ昼逃げです

両親は喧嘩が絶えず、父が日中働いている最中に、母、妹、僕で急に家を飛び出しました。

それまで、数億円の家に住んでいたのが、急に1Kの家に住むことになります。

でも、何一つ不自由なく育つことができました。

本当に母に感謝ですね。

その時に、

「世の中に当たり前のことはなにもない。」

「お金があっても、愛がなければ、幸せにはなれない。」

ということを胸に刻みました。

この記事に、「母子家庭で生まれてラッキー!」と感じたことをまとめているので、よかったら読んでみてください!

・母子家庭で育った僕が思う、「母子家庭で育って本当に良かった!」と思える5の理由。

 

中学生時代

一番堕落してる、いや、人間らしい時期ですね。

ゆるいサッカー部に所属し、練習時間はたったの2時間。

夕方には帰宅し、ひたすらゲームをしていました。

成績も悪く、覇気もなく、まじでやばかったですね。笑

サッカー部→野球部→サッカー部と、謎の転部を繰り返し、周りから見たらわけわからない少年でした。

気づくと中学3年生。

成績は相変わらず悪かったものの、それに対して危機感を全く感じていない僕。

ただ、志望校は県内でも県立トップ5の偏差値、かつ、サッカー部も県でベスト4という学校でした。

僕がそこに受かるには、当日のテストで全科目で90%以上取るしかないという、割と無理ゲーの設定だったんですね。

それに向けて、何も進まない僕。

さすがに見かねた母が、中学3年の夏に僕を塾に強制送還して、そのおかげで、当日のテストで全科目90%を達成し、志望校に行くことができました。

母まじでナイス判断。

高校時代

軍隊でした。まじでしんどかったです。

人生のなによりもしんどかったです。

僕のいたサッカー部の練習は361日/365日くらいの頻度であったし、毎朝5時おきの1時就寝、高校3年間は妹と顔を合わせた記憶がほとんどない。

ブラック企業に勤めているお父さんの気分でした。

競争もすごくて、部員は3学年合わせて100名越え、テストで赤点をとったらレギュラーチームからすぐ外されて、再昇格を目指さなければならない。

レギュラーに定着するのも一苦労。

今思い返せば、すさまじい環境にいました。

もちろん監督はめちゃめちゃ怖くて、今でもたまに夢の中で怒られています。

がむしゃらにやった結果、レギュラーにはなれましたが、結局全国大会に出ることはできず、僕の高校生活が終わります。

でも、この経験を通じて、

「当たり前のように努力する習慣」

が身についたと思います。

ただ、受験勉強は正直いって、全然やっていませんでした。

高校3年生の10月くらいまで部活に明け暮れ、部活が終わったら燃え尽き症候群で全くやる気がでず、完全に怠けました。

その結果、国公立大学の進学率が80%以上の学校にいたにも関わらず、志望校には行くことができず、私立の農学部にいきました。

小さい頃から農業とか環境問題が好きだったので、選択肢としては自分に合っていました。

もちろん、お父さんからの養育費とか、お母さんが働いてくれてたから進学できました。

それがなければ、高校卒業したらすぐに働くという選択肢しか残されていなかったです。

本当に親に感謝です。

 

大学時代

東京にきて、「こんなビル群で生活するのか。。。」と焦ったのもつかの間、東京にも畑があることにびっくりしました。笑

大学ではアメフトに打ち込み、毎日毎日アメフトのことばかり考えていました。

学生主導で全てが運営され、学ぶことがすごく多かったです。

また、この時に、人生で初めて「イケメン」と言われ、アメフトでも活躍できていたので、初めて自分に自信を持つことができました。

特に、アメフト部では、副キャプテンとして70名程度のチームの引き締め役をやっていて、遠慮がちだった自分の性格を変えることができました。

「責任がヒトを育てる」

っていうのを実感した気がします。

 

大学卒業後の空白の一年

普通は、大学を卒業すると働きますよね?

僕は、そうしませんでした。

というより、できなかった。

就活は、補欠内定からのお断りで終了。

その後、部活の紹介で内定はあったのですが、

なにを思ったのか、それを断ります。

なんか、嫌だったんです。

それしか言えません。

そこから、スポーツ系の専門学校を受けますが、それも違うと思い、なにも進路が決まらないまま、大学を卒業してしまいます。

親が気を使って、旅行を計画してくれたのですが、そこに向かう飛行機の中でも「このまま飛行機落ちないかな。」ってまじで思ってました。

不安がずっと取り巻いて、CAのヒトにひたすら話しかけるという、キモい行動をしていました。

あの時、話をきいてくれたCAのヒト、本当にすいません。

また、当時の僕は「自分に価値がない」と思い込んでいて、何も行動する気力がなかったのですが、ブログを通じて色んな人と話をして、色んな生き方があることを知りました。

・ニートだった僕から、自分には価値がないと思って苦しんでいる人へ伝えたいこと。

ブログを通じていろんな世界を知れて、それによって、僕は元気になっていきました。

この経験が、今、僕がブログをやっている原点となります。

色々あって、大学院を目指すことになった僕。

特待生で受かれば授業料が無料ということで、必死に勉強しました。

そのかいあって、元いた大学の大学院を特待生で合格することができました。

ただ、同時期に奇跡が起きて、東京大学の大学院に受かったので、結局はそっちに進学することになります。

その後、入学まで時間があるので、大学時代の貯金でフィリピンにいくことにしました。

そこで5ヶ月を過ごし、帰国後はNPOで働くのですが、この空白の一年が、僕の人生でとっても大きな影響を与えることになります。

 

大学院時代

とにかく、全てが新しく新鮮なことばかりで、本当に楽しかったです。

通い始めた1ヶ月は、天下の東大ということでビクビクしていましたが、人間慣れるもので、2ヶ月目からは堂々と通えるようになったことを覚えています。笑

この2年間は、たくさん勉強でき、友達も増え、いろんな国に行かせてもらえて、とにかくハッピーでした。

海外のフィールド研修は、現地集合・現地解散と奇抜だったり、授業は全部英語でいろんな国籍の人とグループワークやったり、日本にいながら、海外で学んでるかのように、自由な環境でのびのびとした日々を過ごします。

ここでの経験が、

「自分なりの幸せを見つけて、自分なりの人生を歩もう」

と、決意するきっかけとなりました。

新卒時代

新卒で入った会社を、いろんな事情で2ヶ月で退社します。

1日20時間くらいの労働が続き、心身ともにしんどくなり、かつ、母が倒れたことで、

「自分で自分の人生を、仕事をコントロールできないと家族を守ることができない」

と気づき、自分でビジネスをすることを強く意識します。

詳しくはこちらを読んでみてください。

・新卒で入った会社を2ヶ月で辞めた僕が思う、良かったこと/大変だったことまとめ。

 

スタートアップ時代

大学院時代に知り合ってた人が、「起業するから一緒にどう?」ということで誘ってくれました。

その会社の分野は、正直言って何もわからなかったし、バックグランドも全然違いましたけど、

「0から事業を作る経験がしたい」

という一心から、話して10分でジョインすることを決めました。

そこで、資金調達や営業戦略、研究開発など、色々なことを経験し、社会人の3年間を過ごしました。

 

世界一周

2018年11月に会社を辞め、

2019年1月24日から奥さんと世界一周しています!!!

以上が、僕のプロフィールです!

最後まで読んでいただきありがとうございます!

これからも、引き続きよろしくお願いします!

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